あおねいろ

蒼音の感じたことや思ったことなどいろいろ書いています

特別養護老人ホームの実情は入ってみないとわからない!!

後悔の念

 

春らしい日が多くなり、桜の開花ニュースが聞かれる頃になりましたね。
寒い冬が終わり、季節はもうすぐ春。
あたたかくなり気分も晴れやかになるはずの季節をむかえますが、
私の心は最近「後悔」という思いで暗く沈みがちです。

 

それは、最近父の姿があまりにも変化してしまって、会うたびに涙が溢れてしまうから。今日は泣かないつもりで会いに行くのに、父をみるたびに「ごめんね・・・」と
心が締め付けられます。

 

実は3年前、父は脳梗塞になり、生死の境をさまようほどの病状をのりこえ、
今に至ります。

右脳梗塞により左半身はまったく動かない状態で、自分では寝返りもできません。身体障害者1級、介護度5の状態で脳梗塞により認知も見られる状態です。


父が脳梗塞になったのは、心臓の血栓治療で病院に入院中のことで、病院の医療事故ではないか?と言う思いもいまだにあり、何で父がこんなことに・・・といまだに信じられない思いです。

 

病後は夜寝ない、暴言などもあり、世話をする母も病気療養中のため
自宅での介護は難しいとの判断で、今は特別養護老人ホームに入所しています。

 

実は、昨年11月に1年いた特老施設を移ることになり、
移ってからの変化があまりにも急激で、この数カ月で父は体重が10キロも落ち、
先日まで病院に入院していました。

 

一か月入院後にやっと退院でき、また元の特老に戻ったのですが、
あれから父には会えていませんでした。
インフルの感染を防ぐために、施設側の要望で面会できない状態だからです。

 

しかし、遠方から親戚が来て、父に会いたいと言って下さって、
施設の許可を得て会いに行ってみると、父はさらに認知がひどい状態になり、
親戚も声に出ないほど3年前とは別人になってしまっていたのです。

 

 

 

特別養護老人ホームの実情

 

こんなことなら特老変わらないほうが良かったな・・・。

 

そんな父の変わり果てた姿をみて、
私も母も後悔だけが胸を締め付けました。

私と母でいろいろと迷ったうえで、施設を変えることにしたからです。

 

 

以前いた施設は、ユニットタイプの施設で比較的最近できたので、
施設はキレイな所でした。
ですが、いつ行っても食事以外のときは、ベットに寝かされたまま過ごしている状態です。

特に介護職の方が声を掛けてくださるという感じでもなく、
介護者は淡々とするべきことをこなすという印象の施設でした。
人数が足らないのは目に見えてわかるので、淡々とこなすしかできないのでしょうけど、私が思っていた老人ホームのイメージとは全く違っていたので、ちょっと驚きでもありました。

 

特にリクリエーションをするわけでもなく、入所者はテレビを見て過ごすという感じです。父のように体が自分で動かせない人は、ほぼ寝たきりという感じで、個室の扉も締められて一人で過ごす感じの施設でした。

 


施設内には入所した方の写真が貼ってある訳でもなく、その施設に補助金を出してくれた有名人の写真や、施設を構築した際の記念写真などが大きく載っていて、施設のバックの方がクローズアップされているような感じを受ける施設でした。

 

でもどうしてその施設を選んだかと言えば、家の近くだったのと、
老人保健施設からの入所期限を迫られていたので、とりあえず申し込みを出したところ、すぐに入所決定となったのです。他にもいくつか出していましたが、一番初めに入所できると言われたのがそこだったのです。

老人保健施設は入所期限があるので、他に行くところを見つけないと焦る状態の中で、特老は入所200人待ちとも言われていたので、
入れるとわかったらそこに入所するしかなかったのです。

 

 

介護してくださる中には中には父に声を掛けてくださる方もいましたが、ごくまれであって、そんな状態を見かねて母が毎日施設に通い、父にお昼ご飯を食べさせに行っていました。そのため、母も心労が溜まり、昨年は急激に血圧が上がり2回も救急車で運ばれてしまいました。

 

 

 

そんな状態でしたので、このままでは母もダメになってしまうと思い、
施設を変わりたいという思いが募っていたところ、
2年ほど前に入所希望を出していた特老より、入所できる順番が回ってきたと連絡が入ったのです。

 

 

環境が良くなることを願っての転園

同じ特老であっても、そちらの施設では大勢が一カ所で過ごす場所と、ユニットタイプがある施設でした。以前にも見学に行ってはいましたが、もう1度みて、説明を聞いた中で、父には向いていそうだったので、この際移ろうかという話になりました。

 

 

現状は寝たきりの生活ですが、新しい施設は職員の数も多いので、リクリエーションやリハビリのような個々の状態に合わせてできることを考えてくださるというのです。
食事も施設で作られていて、暖かいまま提供されているし、元気な方は、食堂でタオルを畳んだり手を動かす作業などもしていました。

 

ユニットタイプの方々は、特に表情が明るく、ゆったり時間が流れている感じで、
希望すればユニットのほうにも移れるとの説明でした。

 

 

ただ、施設を変わるということは、本人にとっても慣れるまでかなり精神的に負担になるので、転園はすんなりとは決められませんでした。

でも、父は70代前半と若いこともあり、このまま寝たきりの生活をして
天命を待つというのがとても可愛そうだと感じたのです。

 

 

今よりも環境が変わる可能性があり、少しでも父が生きていることを楽しいと思える時間ができたならと言う思いから、私と母は転園を選びました。

 

 

新しい施設の実情は・・・

 

入所の際のカンファレンスはとても素晴らしくて、そんなふうに父を見てくださるなら
移って良かった!!という思いしかありませんでした。

 

母も、介護の方がたくさんいるから迷惑になるだろうし、父のもとへも毎日行かないようにするとはなし、少し休む時間も確保されたようで、私としてもホッとしていたのです。

 

食事の量も依然とは歴然の差で多くなり、食欲のある父にとっては、

かなり嬉しい様子で食事をしていたのです。お蔭で顔色もよくて、ツヤツヤしているし、調子良さそうね!という状態でした・・・入所後1カ月間は。

 

 

しかし、脚のむくみがひどく、何回も医者に通って検査を受けたところ、
足の血管に血栓が浮かんでいる状態であることがわかりました。

その血栓が肺に飛ぶと肺塞栓症になってしまうかもしれないと言われたのです。

そのために施設に来てくださるクリニックの先生がむくみ改善のために、

利尿剤を出してくださったのですが、その利尿剤の影響で食事が摂れなくなり、
【副作用で食欲不振が起きるようです】10キロも痩せ、しまいには誤嚥性肺炎にもなり、入院となったのです。

 

 

 

新しく環境が変わったせいで、身体の状態がこんなにも短期間に変化して、
さらに命の危ない状態にまでなってしまいました。

 

私の判断のせいで、また父に苦しい思いをさせてしまった・・・。
施設を移らないであのままいたら、入院なんてしなくて済んだのに。
後悔の念が自分を責めつけます。

 

 

 

よかれと思って移った施設ですが、入ってみると、
入所の前の説明とは違って、理想と現実を実感している状態です。

 

施設の運営のほうの偉い方は、理想を語っていて、
実際は、其処まで行き届いているとは全然言えません。

 

 

例えば、自分で食事をして上手くできなくてこぼしてしまうことも多々あるとおもうのですが、ご飯がこびりついた汚い服のまま生活していたり、ご飯粒がびっしりついた車いすであっても気にしない、ヨダレが垂れてしまうので、母が手作りで作った前掛けを沢山持って行っているのに全然していなかったり、母が痙縮予防に作ったものもさせてもらえてないし、入れ歯さえも洗ってもらっていないのか?真っ黄色になっている状態なのです。

 

忙しい毎日の中で気がまわらない時もあるとは思いますが、毎回続くと不信感が湧いてきます。100歩譲って普段はそうであれ、家族が面会に来る際には普通は汚れたままの服で連れてきたりはしないと思うのですが、全くだれも気にしていないという状態なのです。

 

母は、汚い格好で連れてこられて、みじめな思いがしたと悲しんでいました。

 

そんな状態に見かねて、結局母が1日おきに通うようになり、父の爪を切ったり、髭を剃ったり、入れ歯を洗ったり面倒を見ている状態が続いていました。何のためにお金を払ってみてもらっているのかわかりません。

 

これなら前の施設のほうがまだよかった気がします。
まあ、母が毎日通っていたから綺麗でいられたのかもしれませんが・・・。

 


他にもいろいろありますが、多くの要望をお願いしたい訳ではありません。
せめて何も自分ではできない父を清潔面だけは気にしてあげて欲しい!
貴重面あな父だっただけに、今の状態は、あまりにかわいそうで、
それだけは施設に少し話をしようと思っていた矢先、父が入院となってしまいました。



特老はどこも同じ状態なのでしょうか?

 

 

正直、知り合いのつても多少あって今の施設に入所した感じもあるので、
要望を言いにくいということもあります。

それでも、最低限の衛生面はどうにかしてあげて欲しいと言おうと思います。

 

 

 

現在面会が禁止されているので、中の状態がどうなっているのかさえも分からず、
家族でさえも会えない状態も辛いです。

入所前はあんなにしっかりしていた父が、大きな声で「はー!はー!」と
訳のわからない大声を出してきたときは、私も母も親戚もみんな凍りつく思いでした。今の父に何が起きているのか?それさえもわかりません。

 

 

病気になったことで、認知も進み、そうなってしまったのかもしれませんが、
あまりに悲しい現実みせられ、困惑する思いでいます。

 

たった3年でこんなに変わってしまうなんて。。。

父のことを思うと、涙が止まらなくなります。

 

 

 

こんなことを言ったら不謹慎かもしれませんが、
お父さん、もう頑張らなくていいよ・・・と言う言葉が浮かんできてしまいます。

あまりに辛い現実から目を背けたくなります。

 

 

もしもあの時、手術をしないでいたら、こんなに辛い思いを父はすることは無かったのに・・・。

 

父がこんな状態になるということはある程度医者も予測できたはずなのに、
なんで手術をするように私たちに迫ったの?
私たちは手術をしないでこのままでという辛い決断を下したのに、それを全否定したの?まるで私たちが父を見殺しするような言い方で、手術をせまったの?

 

命だけでも救うことで病院のミスを認めたくなかったから?

 

 

いろいろな後悔の念が次々に押し寄せてきます。

 

死ぬより辛い思いをしている父や私たち家族の思いを
医者はいや国は分かっているのだろうか?

 

 

命を救うのが医者の使命なのかもしれない。
でも、なにがなんでも救う命ってどうなのかと思う。

「尊厳死」や「安楽死」。日本ではまだあまりその法律に関するものは進んでいないけれど、父のような状態になる方がこれから増えるのは確実だと思うから、
しっかり考えなくてはいけない時期に来ているのではないだろうか。

 

人は死に方を選べないけど、私は延命治療は望まない。と家族に強く言おうとおもう。

 

 

この先、父に何かもしあったその時の治療方法について、家族で考えて置いて欲しと
医者には言われた。家族の思いはもう決っている。 

神様、もうこれ以上父を苦しませないで。

 

 

 

これからの介護

 

介護施設は、あちらこちらでどんどん造られているが、それを支える介護職員の十分な確保職員の意識改革、質などについても問わなくてはいけない問題だと思う。

 

有料老人ホームに誰もが入れる訳ではないし、
特老を増やすという言は重要であるが、その管理もしっかりやって欲しいと強くおもう。

 

国は介護職が大変な仕事であることをしっかり受け止め、無くてはならない仕事だという重要性とそれに見合った十分な待遇を早急に整備しないといけないと思う。
このままでは長生きしても辛い老後を迎えなくてはならないと思うから。

介護職無くして、幸せな老後は望めないと思う。

 

理想は、自分の家族を面倒みているような気持で介護できる環境の整備を
ぜひお願いしたい。

 

自宅で介護したくてもできない家族が安心して施設に預けられる環境の整備を作ってもらいたい!!

 

どうかお願いします。